和泉守兼定

細川忠興(ほそかわただおき)の「歌仙兼定(かせんかねさだ)」の作者である和泉守兼定(いずみのかみかねさだ)は、二代兼定とされるが、新選組副長・土方歳三(ひじかたとしぞう)の愛刀は、同じ和泉守兼定でも、幕末、会津(あいづ)藩に仕えた十一代兼定の作とするのが通説となっている。

豪農(ごうのう…富裕農家)出身の土方は、浪士組に参加するまでは帯刀が許されていなかった。そのため日本刀に対しては並々ならぬ執着をもっていたといわれ、実際、愛刀・和泉守兼定は最高の斬れ味を証明する「最上大業物(さいじょうおおわざもの)」にランク付けされている。土方は、天然理心流(てんねんりしん)に入門するまでは、生家で製造販売していた「石田散薬」の 行商を行っていた。

しかし、行商にはあまり熱心でなく、出先で道場を見かけては 飛び込んで勝負を挑み、腕を磨いていた。ちなみにこの石田散薬、効能は、打ち身、擦り傷、切り傷、捻挫、骨接ぎ。使用方法に、「この散薬は酒にて用うべし」とあり、「酒で薬を飲めば、体がホカホカ温まり、くじいた痛みも忘れてしまうのではないか」と笑い飛ばされていた。周りからの評価はゼロに等しかった石田散薬だが、土方はこの薬を新選組の常備薬にして いたというから、土方自身はその効果を信じていたのだろう。

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