日本刀 日本刀

村正

徳川家との因縁に由来する。

・犠牲者①松平清康(徳川家康の祖父)・・・家臣阿部定吉の息子正豊が父の言葉に気が動転し

清康の背後から村正で切りつけた。右肩から左脇にかけて一直線の袈裟掛けで、清康は間もなく死亡した。

・犠牲者②松平広忠・・・広忠の死因には諸説あるが、「岡崎市史によれば、天文十四年(1545)、乱心した・家臣・岩松八弥に、村正の脇差によって暗殺された。

・犠牲者③徳川家康・・・駿河国(静岡県中央部)で今川の人質となっていた家康は、村正の小刀で手に怪我をした。

・犠牲者④岡崎三郎信康(家康の長男)

信康の妻、信長の娘・徳姫は信康の母築山度にと折り合いが悪く、信康と築山を陥れる手紙を父に送り、信康は自刃に追い込まれる。その介錯に使われたのが、村正だった。

・犠牲者⑤徳川家康

慶長五年(1600)関ヶ原の戦いで、敵の兜を貫き疵一つ付かなかったという村正の槍を見ていたところ、手を滑らせて指を怪我した。

・・・・これだけの不運に見舞われた家康は、村正を憎み、恐れ、徳川家の禁忌とした。その逆に、反徳川の大名たちは、ひそかに村正を収集していたと言うから、面白いものである。

たくさんの日本刀の種類をみていきます。色々な日本刀があります。